今までのサンゴ礁生物多様性のマクロ生態学研究では、種のレンジマップを用いた分析が主流でした。
私たちの論文では、サンゴ礁の基盤を構成するイシサンゴ類、各種のポイントレベルの分布情報を元にして、メッシュレベルの種多様性を定量しました。
ここで重要な役割を果たしたのが、台湾清華大学Anne Chao先生が提唱している多様性推定理論です。
生物分布情報は、調査努力量に関係したバイアスがあります。
例えば、頑張って調査した場所と、十分に調査されていない場所では、観察された種数には、自ずと違いが生じます。
実際、野外調査は様々な条件に左右されるので、全ての調査地で調査努力量を均一にすることは難しいです。
また、全球スケールの分析の場合、様々な研究者の調査情報を用います。
ですので、調査努力量を均一にすることは、原理的に不可能です。
よく調査された場所の調査情報と、あまり調査されていない場所の分布情報を、そのまま一緒にして分析して種多様性を比較しても、場所間の種多様性の違いは調査努力量の違いを反映しているだけかもしれません。
それでは、生態学的推論ができません。
このような情報バイアスをうまく緩和してくれる分析ツールが、Anne Chao先生が提唱している多様性推定理論です。
以下のグラフに示しているように、場所によって、よく調査されている地域(赤色のグリッドメッシュ)、あまり調査されていない地域(青色のグリッドメッシュ)を可視化しました。
しかし、今回の私たちの種数推定では、従来とは異なる多様性パターンが明らかになりました。
分布データのバイアスを補正して種多様性を比較すると、東南アジアのコーラルトライアングルよりも、インド洋マダガスカル地域の多様性が高くなる、という結果です。
下のグラフは、横軸に経度をとって、縦軸にイシサンゴ種数を示しています。インド洋西側から東南アジアにかけて、サンゴ種数の勾配があります。
また、私たちが興味深いと感じたことは、「このようなサンゴ多様性の地理的パターンが、データを見る空間スケールに関係している」という点です。
生態学者は、地域の種プール(ガンマ多様性)やある地点の局所群集(アルファ多様性)の空間スケールを主観的に定義します。その主観性によって、見える多様性のパターンが必然的に異なるのかもしれません。
そして、この論文では、生物多様性情報の不足(ショートフォール問題)について議論をしています。
生物多様性情報のショートフォールには、いくつかあるのですが、地理分布の情報不足は、ウオーレスの名前をとって、ウオーレシアンショートフォールと呼ばれます。
どの種がどこに分布しているのか、よく把握できていない、という情報の不完全性問題です。
生物多様性の地理分布を正確に把握することは、保全計画を考える場合の基本です。ですので、サンゴ多様性保全の重要地域を特定する場合、サンゴ各種の分布を正確に地図化する必要があります。
しかし、そのような地理分布データを詳細に調査することは実際には困難です。
実際、以下のようなサンゴ礁群集の潜水調査には、膨大な労力を要します。
今後、調査努力を優先的に投入すべき地域を、ランク付けしたのが上の地図です。
サンゴ分布やサンゴ多様性の情報を効率的に補強するには、以下の赤色・黒色・白丸で示された地域を優先的に調査すればいいかもしれない、という提案です。