生物多様性の保全科学:システム化保全計画の概念と手法の概要(日本生態学会誌 オープンアクセス)
地球規模での生物多様性の損失に歯止めをかけるべく、多くの国々が生物多様性条約に批准し、生物多様性損失を防ぐための戦略目標を定めています。その中で、自然保護区の設置は、生物多様性を保全する最も有効な手段の一つとして注目されています。実際、戦略目標の中でも「2020年までに陸域の17%を実効力のある保護区にする」という数値目標が設定されています。このため、生物多様性を効果的に捕捉(カバー)する保護区ネットワーク・デザインの構築が緊急の実務課題になっています。
現状の保護区(国立公園や国定公園など)の多くは、経済価値の低さや景観の美しさを理由に設置されてきた経緯があります。このため、既存の自然保護区ネットワークでは、生物多様性の空間パターンをうまく反映できていない点が懸念されています。また、自然保護区の設置には、必然的に社会経済的活動に対する法的規制を伴います。このため、保護区ネットワークの構築においては、生物多様性の代表性の他に、利害関係者との社会・経済的トレードオフや利害関係を考慮した空間的な優先順位付けが必要になります。
日本における保全政策の意思決定では、地域の専門家・有識者の経験則が強い影響力を持つ傾向があります。このような方法は、盛んに研究されている生物や、シンボリックな生物にとっては、きめ細やかな保全策を適用できるといった長所があると考えられます。一方で、国レベルでの経済効率や保全効果、社会・経済的トレードオフを考慮した代替案の提示が困難といったデメリットがあります。このため、日本の保全実務は、科学的根拠に基づいた合意形成がなされにくく、「保全か開発か」といった、二者択一的な論争に陥りやすい側面があります。このような状況が生じる原因として、1)生物多様性空間情報が決定的に不足しており、網羅的で客観的な分析ができないこと、2)保全優先順位付けを扱う学問分野の国内的な認知度が低いことが挙げられます。
このような問題を解決するため、私達の研究グループでは、現代の保全計画・意思決定において中心的な役割を果たしている「システム化保全計画法」に関する基礎概念と解析枠組みを総説としてまとめ、日本産の維管束植物と脊椎動物の空間分布情報を用いて、既存保護区における生物多様性の代表性評価、および、空間的保全優先地域の順位付け分析を行いました。システム化保全計画法は、科学的根拠に基づいて保全エフォートの最適配分オプションを提示する手法です。しかし、日本におけるシステム化保全計画法の認知度は低く、研究例や保全実務への適用例はほとんどありませんでした。私達の研究成果は、このような現状を打開する一助になると期待されます。