王立キュー植物園とバーミンガム大学を訪問して、それぞれで共同研究の会議をしてきました。キュー植物園は、つい先日、温帯域の植物の温室、Temperate Houseがオープンしました(以下の写真)。日本原産の植物も植栽されていました。まだ出来たばかりなので、植栽された植物は小さくて散在しているような感じで、これから大きくなって温室を覆っていくのでしょう。会議では東南アジア(フィリピンん・インドネシアなどの)熱帯林の植物多様性評価の協働について議論してきました。一方、バーミンガム大学では、樹木の死亡率に関するプロジェクト(Tree Mortality Workshop)のキックオフ会議に参加してきました。死亡率をマクロスケールで比較して、死亡率の環境ドライバーを分析するのが目的です。会議の後は、バーミンガム大学のCO2制御実験サイト(BIFoR FACE)を見学してきました。 この論文では、東アジア島嶼(日本)に分布する被子植物樹木の化石情報を、全球スケールで網羅的に収集してデータベース化し、新生代の各地質年代の樹木属の組成を明らかにしました。さらに、各年代における緯度バンド毎の樹木属の組成も明らかにして、樹木属の絶滅率の地理的パターンを検証しました。その結果、高緯度ほど樹木属の絶滅率が高いこと、そして絶滅した属は、耐寒性がない熱帯ニッチ性の樹木であることを明らかにしました。 マクロ生態学的に古くから注目されてきたパターンとして、生物多様性の緯度勾配(LDG: latitudinal diversity gradient)があります:低緯度ほど多様性が高く、高緯度ほど多様性が低い。私たちのこの論文では、LDGパターンが、熱帯ニッチ保守性に関係した、高緯度における局所的絶滅プロセスで形成されたことを指摘しました。さらに、LDGパターンの傾きを助長するプロセスとして「Out of Temperate仮説」を提唱しました。地質年代毎の樹木属の化石情報を分析すると、温帯で起源した温帯性樹木属が寒冷化に伴い、低緯度の熱帯域や南半球にまで分布を拡大させていることが明らかなのです。つまり、寒冷な時代では、熱帯ニッチ性の樹木が高緯度で絶滅するだけでなく、温帯性の樹木が低緯度に分散することによってLDGパターンが顕著になることが示唆されました。LDGパターンは地球の地史的な気候変動に応じてダイナミックに変化するパターンのようです。これは海洋のLDG動態とは異なり、陸域に特徴的な現象かもしれません。 この論文の発表で、日本における生物多様性データの戦略的構築がひと段落しました。進化生態学分野の生物多様性研究の基盤情報は、1)生物の空間分布(地理分布)、2)機能特性、3)系統情報、4)古生物(化石情報)などです。私たちの研究グループでは、これらをメタデータ構造と捉えて、生物多様性研究の「エコシステム」(新規的な論文を生み出すためのメカニズム)を構築しようとしてきました。これについては、日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌)の集会「群集生態学と生物地理学をつなぐメソスケールアプローチ」を企画する過程で構想したので、最後の4番目のピースを達成するまでに7年間を要したことになります。今後は、これらのデータを組み合わせた多様な研究プロジェクトを展開するのはもちろんですが、次の10年を見据えた、より大きな枠組みでの研究戦略も必要になり、それについても現在準備中です。
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Authorthink-nature.jp久保田康裕(Google Scholar) Archives
July 2023
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