このような背景から、近年の植生科学は、記載科学としての知見をもとにして、大きく変貌しつつあります。実際には、マクロスケールのバイオーム形成や植物群集の形成メカニズム、気候変動に対するバイオームや植物群集の応答予測、人為インパクトを考慮した植生保全など、基礎生態学から応用的な保全生態学分野にかけての幅広い課題を扱うようになりました。植生科学の、このような変化や発展に重要な役割を果たしつつあるのが、今まで記載されてきた植生情報です。数メートルスケールの植物群集の種組成情報は膨大な数に登ります。例えば、日本の植生プロット数は50万件もあります。記載科学としての植生科学の情報蓄積は、”生態学的ビッグデータ”として新たな研究分野としての展望を提供しつつあるのです。
実際、最近の国際植生学会では、大規模植生データを活用した様々な分析結果が発表されています。今回の学会で、特に興味深かったのは、過去約100年間に集積された植生プロットデータを用いて、植物群集の多様性パターンの時系列変化を検証するセッションでした。
系統分類学が分子科学的な分析手法の革新を基にして再発展しつつあるのと同様に、植生科学も情報科学的な武装によって、生物地理学やマクロ生態学や進化生態学と融合して再発展していくべきと、私は考えています。このようなプロセスを通じて、記載科学としての本来の価値にも光があたり、地道な植生調査活動が再評価されるだろうと信じます。