Ulrich W., Baselga A, Kusumoto B., Shiono T., Tuomisto H. & Kubota Y. The tangled link between β- and γ-diversity: a Narcissus effect weakens statistical inferences in null model analyses of diversity patterns. Global Ecology and Biogeography. DOI: 10.1111/geb.12527
生物多様性のパターンを表す指標として、ガンマ多様性(種プールやメタ群集レベルの多様性)、アルファ多様性(局所群集の多様性)、ベータ多様性(局所群集間の組成の非類似性)があります。ガンマ多様性は多様化率(種分化率マイナス絶滅率)の積分値で、ある地域における進化的プロセスのシグナルになります:例えば、ガンマ多様性が高い地域は、進化的にアクテイブな地域という解釈ができます。また、アルファ多様性は、局所的に見た場合の種の集積やソーテイングのシグナルです:ある場所のアルファ多様性が高ければ、地域的な種プールからの種のサンプリングが阻害なく行われた(分散制限があまりない)、とか、その場所では種間の競争排除則が緩和される要因(ニッチの類似限界が機能している)、とか解釈できます。ベータ多様性は、ガンマ多様性をアルファ多様性を「割り算」して得られることが証明されています:ベータ多様性=ガンマ多様性÷アルファ多様性;あるいは、ガンマ多様性=アルファ多様性×ベータ多様性ということで、「多様性指標のかけ算則」として知られています。なお、局所群集の種組成の非類似度を表すベータ多様性は、群集間での種の入れ替わり(場所間での環境の違いによる)や種の欠失(絶滅や分散制限による)で生じるので、生物群集の集合プロセスを理解するために便利な指標として、注目を集めてきました。
以上がこの論文の背景で、究極的な興味です。一方、至近的なモチベーションは、ベータ多様性を解釈する際の問題点についてです。
ベータ多様性パターンの解釈に関する論文は、最近とても増えており、その一端は、2011年サイエンス誌に発表されたKraft論文にあります。この論文は、多様性指標のかけ算則とヌルモデルを用いた分析アプローチを導入し、ベータ多様性のパターン解釈に関する議論を巻き起こしました。
今回の私たちの論文では、このような分析アプローチで注意すべき点を明示しました:ヌルモデルのナルシスト効果や、サンプリング効果(調査データの不完全性)によってベータ多様性パターンを「誤解釈するリスク」です。
例えば、ベータ多様性=ガンマ多様性/アルファ多様性という数理的な関係に基づいて、ベータ多様性を導出する場合、ベータ多様性の大小は、分母(ガンマ多様性)や分子(アルファ多様性)の大小によっても生じます。局所群集のアルファ多様性に、調査努力量(サンプリングバイアス)が含まれる場合、また、そのようなアルファ多様性をプールしたガンマ多様性を分析に用いた場合、「見かけ上」のベータ多様性が発生します。つまり、調査努力量(サンプリングバイアス)の違いを、群集間での種の入れ替わり(場所間での環境の違いによる)や種の欠失(絶滅や分散制限による)と誤解釈するリスクがある、ということです。さらに厄介なのは、このようなガンマ・アルファ多様性とベータ多様性の「非独立な関係性」は、ベータ多様性の有意性(ランダムからの逸脱)を判定する場合、「第二種の過誤」(ベータ多様性が有意でないと判定してしますリスク)を引き起こしやすくなります:ベータ多様性に有意なパターンがあるにも関わらず、生態学的なパターンがないと過誤してしまう。
この論文では、以上のような問題を理論的に検証し、ベータ多様性を巡る分析上の問題を解決するには、新たなデータ(種プールに関する独立な情報)が必要であることを指摘してます。
私の研究室のベータ多様性に関する今後の研究展望としては、以下、2つを考えています:1)異なる性質のデータ(局所群集データと種プールデータ)を統合することで、サンプリングバイアスや有効集団サイズを明示的に考慮した分析を行う、2)現象論的なアプローチ(ベータ多様性の距離依存性的な分析)を追求する。