問題1)新たな保護区をどこに設置するのか? 既存の保護区をどのように拡大すればいいのか?
保護区の空間デザインを考える場合、直感的には「貴重な生物が分布している地域に保護区を配置すべき」と考えるでしょう。しかし、これは別の意味で難しい問題があります。「どこに、どのような生物種が分布しているのか?」未だによく分かっていないのです。これが以下の2つ目の問題です。
問題2)生物多様性に関する情報不足の問題
保護区の空間デザインには、生物多様性を構成する様々な生物種の空間分布情報が不可欠なのです。さらに、生物多様性に関する情報不足の問題を解決すれば、それで保護区を設置できるかというと、残念ながら、そうではありません。さらに厄介な以下の難題があります。
問題3)利害関係者(ステークホルダー)をどのように調整するのか?
保護区を設置すると、その土地の利用に法的規制をかけることになります。したがって、土地所有者にとって、自由な経済活動を制限されることになるので、保護区設置は望ましいことではありません。つまり、生物多様性保全と、土地利用に伴う社会経済活動には、「あちらを立てれば、こちらが立たぬ」といったトレードオフ関係が発生することがあるのです。
以上のように、愛知目標を達成して、生物多様性を保全することは、科学的そして社会的に難題が伴います。今回、私たちが発表した論文では、これらの問題を克服して、日本の生物多様性を合理的に保全するための具体的計画を提案しました。
この論文では、まず最初に、生物多様性に関する情報不足の問題を解決するために、日本に分布する維管束植物と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)の全て種(6325種)について高解像度の分布地図を作成しました。以下の地図は、日本の陸域の地史的な変動に伴う大陸からの生物群集の移入ルートと、各生物分類群の種多様性(種数)の分布地図を表しています。
しかし、個別の生物分類群毎に保護区をデザインすることは政策的に実行することが困難です。したがって、次のステップの分析では、様々な生物分類群を統合して保全重要地域をランク付けする手法を開発しました。生物分類群や種によって、生態系機能や人間にとっての有用性、保全上の重要性は異なります。保全上の価値や重要性を、分類群や種の”ウエイト(重み)”として考慮し、全ての分類群の分布情報を統合して、生物多様性保全の重要地域をランキングしました(下図の下段を参照)。
しかし、実際の利害関係者の構造は、土地利用の形態や産業(林業・農業・観光業・風力発電や太陽光発電の事業者など)によって様々です。したがって、空間的保全優先地域のランク付け分析には、保護区設置に関わる個々の産業の利害関係を、ケースバイケース(シナリオベース)で考慮する必要があります。例えば、1)高齢化に伴う地域の労働者人口の変化や高齢者の割合、 2)森林の材積などの林業生産の指標、 3)水田の生産量(水田生態系の生物多様性を考える際に重要)、 4)畑地生産量(畑地生態系の生物多様性を考える際に重要)、5)農政政策コスト(農地に配分される補助金等) 6)地熱発電適地情報(地熱発電適地は自然公園内にある場合が多いので重要)、 7)風力発電適地(風力発適地は特異的な場所にある場合が多いので重要) 8)太陽光発電適地、 9)送電コストデータ(送電線密度等)、 10)観光客数データ(.山別登山客など)。今後の研究では、現実の社会に対応した多様な保全計画を提案するための分析を行う予定です。
このプロジェクトはフィンランドの保全研究者グループ(CBIG: Conservation Biology Informatics Group)と共同で行いました。最初にヘルシンキで協働方針を討議してから、日本でワークショップを開いたり、さらに論文執筆のつめの作業をヘルシンキで行なったりと、行ったり来たりしながら3−4年を要しました。お互いに妥協することなく細部にまでこだわって、分析と改訂を繰り返したので、素晴らしい論文に仕上がり、審査もほぼ一回で受理されました。
この論文は、環境研究総合推進費「生態学的ビッグデータを基盤とした生物多様性パターンの予測と自然公園の実効力評価」(4-1501)および「環境変動に対する生物多様性と生態系サービスの応答を考慮した国土の適応的保全計画」(4-1802)の支援を受けて実施した研究成果です。